アメリカ大陸に最初に海から渡って行ったのは

学校に行っていた友達も

寝たり起きたりを繰り返しながらバンクーバーに到着したのは、午前11時を回った頃だった外はどんよりと曇り、せっかくはるばる日本からやってきたというのに、どうも歓迎されているようには見えない一先ず空港のATMで当面の金100カナダドルを下ろした私は、何も考えずにそのままダウンタウン行きのバスに乗り込む一応事前にガイドブックで目ぼしい安宿はチェックしてあったが、具体的な本日の宿はまだ決めていない時期的にはちょうどGWが終わったばかり。
それほど混雑しているということもあるまいシャトルバスというよりは市バスに近い車に乗り込んだ私は、窓の外を流れる空港地区の景色をぼんやりと眺めていた。
ダウンタウンから離れているせいか、辺りには何もなくだだっ広い敷地に幅のあるアスファルトが1本敷かれているだけ左手の彼方に見える背の高いビル群が、どうやらバンクーバーの中心部らしその時私の目にある建物が映る。
その建物にはSHENKERというロゴが描かれていたはて何処かで聞き覚えのある名前だな。
その刹那に私はふと思い立ち、ダウンタウンを待つまでもなくバスを降りたそう。

学生ビザ学生ビザはその名の通り

SIENKERとは、私の愛機ファラオの受取会社の名前だったのであるこの時私に閃いたのは、このSHENKERに今顔を出しておけば、これから愛機の引き取り作業を行うにあたり、今後の予定などを打ち合わせておけるかもしれない-という考えだった。
SHENKERの住所は一応タービュランスから預かっていたが、目の前に事務所があるなら話が早い。
それにオフィスの場所を覚えておくのもこれからの活動を効率化するのに役立つ。
まだ昼にもなっていない時間は十分にあった。ところがそう上手く事が運ぶはずもなく、私が見つけたSHENKERのオフィスはあくまでエアカーゴのオフィスであり海輸に関しては結局ダウンタウンの本社に行かなければならないことを、改めて確認させられただけに終わった。
気落ちした私を気の毒に思ったのか、オフィスのスタッフはバスの乗り方、本社の場所、そして滞在するのに適したユースホステルなどを教えてくれた。
2年ぶりで、しかもテンポの速いカナダの英語にはまだまだ慣れない再びバスを捕まえた私は一応予定に戻り、ダウンタウンで目星をつけておいた安宿を回ってみるSHENKERのスタッフが教えてくれたユースは確かに広大な敷地を有し、バイクの駐車に関しても問題なさそうだったが、少しダウンタウンから離れているのが難点で、万が一引き取りの手続きで頻繁にオフィスに通わなければならない場合を考えると不便だったのだ。
ダウンタウンの安宿にベッドを取れれば、利便性という点においては申し分ないしかしガイドブックを頼りに私が回った安宿はどれも予想以上の汚さで、ドアを開けた瞬間からマリファナの甘い匂いがぷんぷんした。
あの魅惑的な草とも、前回の旅が終わって以来しばらく決別していたが、久しぶりに嗅いだその匂いは何故か私の気分を酷く害したまたこうした宿には当然のごとくバイクを駐車できる場所がなく、結局私はダウンタウンで宿を取るのを諦めSHENKERのスタッフが紹介してくれた郊外のユースをしばらくのベースにすることに決めた実際このユースは、バンクーバーのセントラルから歩いて3時間ほどかかる距離にあり、ダウンタウンまではバスを利用せざるを得なかったバンクーバー到着の翌日、私は早速このバスを使って、ダウンタウンにあるSHINKERの本社ビルへと向かった。

 

英語と現地の

英語学習も人間関係も中途半端になってしまいますアメリカ大陸に最初に海から渡って行ったのは

昨日の徘徊のお陰で多少ダウンタウンの土地勘を得ていた私は、迷うことなく目的地にたどり着く。
高層ビル群の一角にそびえ立つ綺麗なビルにSHENKERのオフィスは入っていた私は受付の電話で名前と用件を簡潔に伝えたあと、そのままそこで待つことになったのだが、フロアを行き来するビジネスマンたちを見るにつけ、自身がライダースジャケットという甚だ場の雰囲気にそぐわない恰好で来てしまった点に今さらながら羞恥心を覚えたほどなくして2人の担当者が私の前に現れ、愛想のいい笑顔で握手した。
まだ年の頃も若い東洋系のカナダ人。もうひとりはリサという白人の女だった。男の方はピーターと名乗り、るつぼ余談になるがこのバンクーバーという街はまさに人種の坩堝だアングロサクソン系、ラテン、インド、ブラック、混血とあらゆる人種がひしめいていて、イエロー、英語が公用語であるにもかかわらず様々な言葉が飛び交う。
さながら未来都市といった様相を呈していた私私は2人に自己紹介をしたあと、愛機ファラオの荷揚げ書類であるB1を渡し、ピーターたちから今後の流れについて説明を受けた。
おそらく253日後にようやく愛機を取りに行けるようになると言う。

電気が回復しなかったそうです翌日カルネを持ってカスタム回りをしてから、この日は火曜日だったので、その言葉を額面通りに受け取れば週末にはファラオを引き取れることになるが弘はピーターの話を半分くらいに聞いておくことにした。
受け取りが当初の予定から半月も遅れたことは記憶に遠くない。前回の旅でも次々と湧き上がる様々な問題のせいで、いかな先進国であるカナダとは言え、私はボートの出すスケジュールを信用しないことにしていた。
まあ1週間くらいで受け取れれば御の字か。こうして翌日から私のダウンタウン通いが始まった。何故か彼らとの交流はほと一方ユースの6人部屋には、私のほかに3人ほどのバックパッカーが寝泊まりしていたが、んどなかった。
ユーラシアの旅ではユースに泊まる度に、邦人、外国人問わず同室の旅人と何となく会話をするようになり、そのまま共に夕食に出たりパブで飲んだりしたものだったが、このユースの白人たちは酷く個人主義的であまり他人に干渉しないらしその雰囲気に感化されたのか、私も自分からはあまり彼らに接触せず、日々手続きのためにSHENKERのオフィスに通う以外の時間は、拾った本を読んだり今後の計画を立てたりして過ごした。
それではダウンタウンにいる間は何かしら楽しみがあったかというと、こちらに関してもあまりそうとは言えない。
買い物や食事といった一般的な観光アクティビティに全く興味のない私にとっバンクーバーは単なる大都市に過ぎず、ては、インドに存在する普通の村程度の価値すら感じられなかった。
買い物や食事にかかる経費はほぼ東京の丸そしてそれは予想を上回る物価高と相まって私の居場所を完全に失わせた。
それだけで1日の予算の三分の一は消失してしまう。の内価格と言っていい。スターバックスなどで一服しようものなら、何よりも驚いたのは煙草の値段だ。
ボックス入りの煙草が高いことはヨーロッパで既に経験済みだったが、何と巻き煙当時の日本円にして約1100円。
山歩きしたい人
山歩きしたい人

フランス人移民が多いケベックは

今回の愛機ファラオにはちょっとした欠点があった草すら10ドル単純にドルの表記の場合はアメリカドルを表すもするのだ。
もちろんボックスより持ちはいいが、それでもバカバカと吸えるものではない。
こんな訳で、私は一刻も早くファラオを受け取って旅をスタートさせたかった。
しかも全くの異文化だったインドを皮切りに始めた前回の旅とこのような状況についても、ほとんど初めての海外で、は大きく異なるSHENKERの手続きも終わり、あとはポートに愛機を取りに行ける日時の連絡を待つのみとなった私は、ピーターに荷を支払った。
これで今回のバイクの発送費用は総額で11万揚げの手数料として131カナダドル1カナダドル83円円ほどになる。
ファラオとのしかし受け取りが可能になる予定だった週末になっても、案の定ピーターから許可が出ることはなく、一ヶ月ぶりのご対面はそのまま翌週へと持ち越された。
私はさらに焦燥を重ねざある程度覚悟していたこととは言え、バンクーバーでの日々があまりにも退屈だったお陰で、るを得なかった。
この日ユースのインターネットでようやくノッチからのメールを受信した。
ノッチたちは少し前にトロントに到着しており、愛機の受け取りも無事完了。
現在は集合予定ポイントであるクライドという町に向かって、既に走り始めているようだった。
もっとも彼らの行程は予定より少しだけ遅れていて、クライドに到着するのはちょうど1週間後になるという。
私の方もバイクの受け取りが遅れており、お陰でどちらも待たずにクライドで合流できそうだった。
受け取りと保険バンクーバーに着いてから約1週間を無為に過ごした私だったが、週が明けると共にその状況は一変した。

人によりますが

ピータ電話してみると、これより愛機を取りに行ってもいいという。
私は耐えに耐え忍んだ退屈から解き放たれる喜びに小躍りしながら、急いでバスに乗り込んだピーターの指示した倉庫は、私の予想に反して海とは逆方向へかなり離れた場所にあった。
船から搬出されたファラオは、パレットごとその倉庫に安置されているらしい。
前回もそうだったが、荷揚げされた荷物は、概してこのようにポートという響きからはかけ離れた環境の倉庫で管理されているもっとも厄介なのは、こうした場所に行くための情報があまりにも少ないという点だ。
市内で入手できる観光用の地図やガイドブックには、旅用の地図では縮尺が大きすぎるし、言うまでもなくこうした地域は含まれていない。
現在であれば、ネットカフェで目的地までの適切な縮尺の地図をプリントアウトすればいいのだろうが、当時はそんなマッピングサービスがあったのかどうか、そもそも私にその知識がなかった今回の倉庫に行くためには、市内の駅からウエストコーストエキスプレスという列車に乗ればいいとピーターから聞いていたが、駅に着いてみると何とこの列車は朝と夜しか運行していない。
一瞬途方に暮れた私は街ゆく人に話を聞いた結果、スカイトレインという別列車で近くまで行き、そこからバスで現地に向かうという方法にたどり着いた。
カナダの場合


アメリカ大陸に最初に海から渡って行ったのは 様々な職種に就いている日本人が ここで初めて