アラスカでも最北端を走破する予定だった私たちが

英語を目にする

現在では1万を超えるナンバーや標識といった類いのものが貼りつけられているという。
何処でどう間違ってこれだけのナンプレートが貼られることにつまり貼るモノはもともと道標だったという訳か。
なったのだろうか。返却しなければならないシステムの国に育った私の場合、様々な悪い活用法が特に車のナンバープレートに関しては、瞬時に頭を過ぎる探していたところ、一度バイクに戻ったラルフがそんなことを考えながら、私とノッチがぼんやりと自国のナン手に何かを持って戻ってきた。
「あれ?ラルフ、そのナンバーって!」「は、はは俺もこのために家からナンバーを持ってきていたんだ……」空いているスペースにドイツから持ってきた四角いナンプレートを貼りつけてい彼は少し恥ずかしそうに言うと、ラルフの持っていたマジックでそこにメッセージを書かせてもらった。
ナンバーを持ってきていない私とノッチは、貼られているのはほとんどがアメリカやカナダ、そして何故かドイツのものばか私も日本のナンバーを探してみたが、まあ廃車の手続きを考えれば当然なのだが3リで、我が国のものは見つけられなかった。

ご存知の通り

最も多かった答えを今回はご紹介します


当たり前ですが

>英語レベルにバッチリのレベルがあり無理なく翌日、またもや蚊だらけの野営地をあとにした私たちは、午前中のうちにホワイトホースに到着した先に見たワトソンレイクよりはずっと大きな町だったが、それでもバンさすがにユーコンの州都と言うだけあって、かの町を言葉で説明するなら、ひなびたクーパーなどの大都会に比べるとまるで別の国の町のような感覚にとらわれる。
山間の温泉地のような佇まい!と言ったら怒られるだろうか。おそらく簡単に見つかるであろうキャンプ場よりも、この町でもっとも重要になるバイク屋を探すこ私たちは最初に、とにしたそこでノッチはタイヤを入手できたが、私の求めていたフォーク幸いすぐにヤマハとホンダのショップが見つかり、ここでブーツを手に入れるなら注文するしかなかったが、本部に在庫があったブーツの在庫は何故か見当たらなかった。
結局私はこの町でのブーツの入手は諦めることにした。届くまでは相当な時間がかかるらしく、としてもこあとはテントを張ってから考えることにした。
とりあえず私たちは道中偶然見つけたキャンプ場に移動し、それを知る前に1サイト14カナダドルの料金を、3人で1サちなみにここの受付の女性は少し日本語を話せたのだが、イトにテントを張るという条件で28カナダドルにまけてもらう交渉をしていただけに、もっと早く教えておいてもらいたかった。
そうすればもう少しマシな交渉ができたかもしれない。それぞれがこれから向かう冒険の準備をするべく荷物を降ろした私たちは愛機の修理は明日からにすることにして、スーパーやホームセンターといった商業施設を巡った。


英語よりも適切な日本語母国語で

来たばかりの頃は

考え方が広がり人としての視野が大きくなると思います予備のボルトやナット類と料理用にヘンケルのペティナイフを買っムはスー兼ホームセンターのようなところで、彼らがドイツ人だったこともあり、私たちはその夜5人キャンプ場に戻ると新たなキャンパーがテントを張っていて、でホワイトホースの町に繰り出した。
私たちはロックパブやブルースパブをはしごしたのだが、小さい町とは言えパブ程度であれば何軒かあったため、とにかく酒の値段には驚いた確かに日本の中ジョッキはその程度の値段だが、先進国とは言えカナダ何とビール一杯400円近くもするのである。
特に食料品に関しては割安なはずだった。は日本と比べればまだ若干物価が安かったし、ダブルで1杯800円ほスコッチのホワイトホースを頼んでみたところ、せっかくホワイトホースに来たのだからと、肝臓よりも財布の方が許してくれそうになかったため、私はラルフたちよりもど。
残念ながらこれでは酔い潰れるまで、一足先にテントに戻ることにした。
結局ラルフひとりを残し、2人して早めにキャンプ場に帰った。どうやらノッチも似たような財布を持っていたようで、翌日から満を持してバイクの整備に取り掛かる。
目覚めた時には既にラルフはチェーンを求めに出かけていたので、チと2人きりで朝食を食べたあと、彼にも手伝ってもらいながらいくつかの作業を行った。
不具合というまでには至らないものの状態の不安定だったボックスの鉄枠を補強したり、エアクリーナーの掃除や、ラルフにもらったアクリル製のストーンガードをヘッドライトに取り付けたりといった作業だタイヤのチューブを加工して装着することで一先ず応急処置とした。

バスをうまく使いこなせば

カナダ留学準備の手続き問題だったフロントフォークについては、キャブレターも色々といじくってみたものの状況はさほど改善せず、こうなるとオーバーホールをするしかなかったが私はこの段階で既に精も根も尽き果てていたため、デンプスター後の滞在地に予定しているアラスカのフェアバンクスまこの状態で我慢することにした。
では、前回の愛機パリダカは非常にシンプルな構造で、キャブレターの取り外しも容易だったのに比べて、ファラオはキャブもツインキャブになっており、とにかく取り外しに手間がかかるのだ。
往復で最短4日ほどの距離である。さすがにこの短い期間のういくらグラパルとは言え片道750キロ程度であれば、ちに,旅を続けられなくなるような状態にまで発展することはあるまい夕方になってようやく帰ってきたラルフに、あまりにも遅い帰宅の訳を問うと、どうやら彼が昨夜一緒に飲んでいたキャンパーたちは地元の人間だったようで、何と,,の中年ライダーは彼らに頼まれて壁塗りのバイトをしていたらしい。


英語で話していれば

一応チェーンは入手できたようだったが、彼は一体何をしているのかこのホワイトホースを出れば,その日のうちにデンブスターハイウェイの入り口となるドーソンシティ付近に着く。
わざわざ市内に宿泊する必要もないので、おそらく町を越えた辺りで野営して、その翌日にデンプスターに入ることになるだろう。
このキャンプ場でで限りの準備を終えた私たちは、大量に買い込んだ食料でパンパンになったバッグを枕にして、胸を高鳴らせながら早めに寝袋に潜り込んだのだった。
デンプスターハイウェイ「いよいよだな。コータロー」「コータローお前の運転下手じゃない」大丈夫「ありがとう。
ラルフ」ノッチとラルフ、そして私の3人は無事ドーソンシティをパスし、カナダ序盤戦最大の山場であるデンプスターハイウェイに入っていた。
見渡す限りの森林で構成された地平線の彼方へと続く道に、既にアスファルトの舗装はなく、多少踏み固められた土の上に小さな石が無数に散らばっているのみであるこの日を含め往復4日は走り続けることになるこの人気のないグラバルの上で、私たちは各自巻き煙草をくわえながらこれから始まる冒険に様々な思いを馳せていた。
ハイウェイの入り口には、「ユーコンエリアのデンプスターハイウェイに救急医療の施設はありません。
注意して運転してください」と英語で書かれた看板が立てられていて、それを見た私はいやが上にも心拍数が上がった。
つまりデンプスター上で事故や何らかのトラブルが起きたとしても、何処にも駆け込める施設はないという訳だそもそも地図で確認できる限りだと、デンプスターハイウェイ上にはマクファーソンというポイントを除いて、北端のイヌビクまで補給が可能な集落さえ見当たらない。
一箇所だけ給油できるポイントがあるらしマクファーソンまでの間にいが、聞いた話によれば民家すらイヌビクにしか存在しないらしい。
今回新たに私の相棒となったファラオは、フルタンクで700キロ以上走れることがこれまでのライドで判明しているデンプスターハイウェイ上で最初に給油できるポイントまでが400キロ弱なので、燃料に関しては問題なさそうだった。
むしろイヌビクまでが大体750キロとされているので、もし調子がよければかの地まで無給由で走れる可能性だってある車やバイクを運転する人はご存知の通り、一定の速度で連続走行を続けた方が、ちまちま停止と発進を繰り返すよりよほど燃費がよくなるからだ。

カナダでは基本的に高校までは教育費がすべて無料であり

カナダに限らしかし

カナダは労働者の権利を大事にする国です私のファラオが問題ないのであれば同型機に乗るラルフも同様のはずだったが、どういう訳か彼のファラオは私の機体よりも燃費が悪く、満タンでも600キロほどしか走れないらしい。
日本仕様と欧州仕様で何かセッティングが異なるのだろうかそれでも機会を逃さず給油してさえいれば、一先ず問題はないだろう。
ノッチも前回の旅で学んだようで、今回彼の愛機DRは17リットルの標準タンクではなくアチェルビスの50リットルタンクを搭載しており、燃費に関してはファラオより劣るとは言え、同じく問題はないだろう。
前回の旅においてノッチのDRの航続距離の短さは大きな悩みの種で、それを重々承知していた彼はテールのキャリアそこに10リットルほどが入るポリタンクを設置していたに専用のステーを装着し、当時の彼の場合、タンデムにはシルビアという彼女が常駐していたお陰で、さらにその後ろに荷物を積載する必要があったのである私と旅をするようになってからは、給油に不自由するような地域はほとんど通過しておらず、彼がこのポリタンクを使彼が私に出会う前には何度も使用しなければならない状況に陥ったらしい。
うところは見たことがなかったが、もっとも新たに導入した50リットルタンクはさすがにデカすぎて、ニーグリップなどはほとんど不可能な状態になってしまっていたのだが今回私たちは幸運にも3人のパーティーでこのハイウェイに挑めたが、もしこれが単独だった場合、少なくても私は挑戦を取りやめていただろう。
とんだチキン野郎と思われるかもしれないが、単独でグラバルやダートを走るのはパーティーでのそれに比べ、転倒や機体が故障した際のリスクが格段に跳ね上がる特にここまで辺鄙な場所ともなると、通行する車やバイクはほとんど皆無と言ってよく、通りすがりの誰かに助けを求めることすらできないのだここは敢えて無謀」「勇気は別物だと言わせていただく。
ととにかくこれがデンプスターハイウェイをカナダ最悪の道と言わしめる所以であり、また私以外の海外ライダとっては心躍る道となっている理由だった。
いよいよノッチのリーダーで走り始めた私たちは、徐々にスピードを上げて大体80キロ巡航のペースに落ち着いた。
グラバルの場合にはむしろ多少速い速度で走った方が機体あれほどビビっていた私も徐々にそのペースに慣れてきて、この時初めて気づいた。
が安定するという事実に、不意に強くステアリングを取られてしまったりもするのでこの限りではなぃが、このよもちろん深い砂利道の場合は、速度を出すことで細かな凹凸は飛び越えてくれるらしい。
うに土の地面をベースに多少の石が浮いている程度であれば、それでも頻繁に登場する轍には要注意で、これにはまってしまうと勢いあまって転倒してしまう危険があった。