カナダにはたくさんあります

の文化をみんな尊重し合って生きています

私は急いでドリンクを飲み干すと、邂逅20世紀末でもっとも人類に影響を及ぼした発明品と言えば、携帯電話ではなかろうか製品化されてから20年も経たないうちにあっという間この人類のコミュニケーションを根本から変革せしめた発明は、に世界を席巻。21世紀となった現在ではもはや電話という立ち位置から大きく逸脱し、携帯情報端末として日々の生活には欠かせないものになってしまった。
お陰でほぼ何処にいても連絡が可能となり、たとえ相手が不在の場合でも留守番電話機能やメールによって、相手に意思を強制的に伝えることが可能になっている。
このあまりにも利便性に富んだ必需品のせいで、人々の生活はより密接に、そして場合によっては煩わしいほどまでに拘束されるようになったと感じるのは、何も私だけではないだろう。
こちらの意図しない連絡を全て断ち切り、ただひとり隔離された世界に浸りたい旅においては話が全く異なる。
常々そう考えている私ですら、もしこの便利すぎるアイテムを旅の最中でも利用できていたなら、どれほど無駄な心配事や手間を省けただろうかこんなに寂れたーしかもネット環境のない場所では、ノッチたちと連絡を取るのはもちろん滞在して待つことすらままならない刹那にそう判断した私は一先ずクライドから離れ、もっとも近い町ウエストロックに移動した。
売店の親父が言った通り、ウエストロックは決して大きくないものの、一応自治体と呼べる機能を備えた町だった。
私はさほど苦労せずにキャンプ場を見つけ、とりあえずそこにテントを張る。
キャンプ場と言っても管理人はおらず料金を回収するためのボックスが入り口の木に括りつけられているだけの空き地で、敷地内にはひと組のオートキャンパーがいるのみである一瞬支払つくれてしまおうかという思いが頭を過ぎったが、良識ある日本人としての矜持がそれを許さず、8カナダドルを素直にボックスに投入した。

本数はあまりないですが

日は既に傾き始めていたため、私はこの日の活動をここで終了とし、夕食をとってからすぐ寝袋の中に潜り込んだ。
翌日、特にかわり映えしない宿泊者状況を見て少しがっかりしたあと、町内のファーストフード店にて食事。
食後は店員から聞いた図書館に向かう。そこでならネットができるらしい。図蓍館に着いた私は早速パソコンの利用を申し込み、案内されたブースで予想通りチからのメールを確認した不幸中の幸いと言うべきか、ノッチたちは予定の行程よりも3日ほど遅れているようで、つまりこの地にたどり着くの13日後になるらしい。
私は先日見たクライドの状態と、現在私がテントを張っているウエストロックのキャンプ場について報告しておいたとにかくよかった。
これで合流のために右往左往することは避けられそうだしかし一方で、この3日間をいかにして過ごすかという難題が、時を置かずして私に突きつけられることになる。

 

違う点と言えば

経験値や人間性よりも目に見える形で成長を実感しやすいからです僕は私の妊娠時には

図書館で入手したこの町のガイドブックを見る限り、明後日に開催されるという航空機ショーくらいしか興味をそそるイベトはなさそうだった結局その日は買い込んだ酒を飲みながら、のんびりとキャンプ場で過ごすことになった。
翌朝、何やら外が騒がしいのでテントから這い出してみると、昨日までの寂れ具合がまるで嘘のようにキャンプ場は人で溢れていた。
近くにいたカナダ人に訊いてみたところ、少し離れたところにある公園でトラクターのフェスティバルが行われており、このキャンプ場はそれに参加する人たちの集合場所になっているらしい特にやるべきこともなかった私は少し見学してみようと思い立ち、気まぐれに愛機にまたがるとは言え、トラクターなどこれまでの私の人生には全く関わりがなかったため、雑然と並ぶ数々の農耕マシンを一通り観て回っただけで飽きてしまい、興奮気味のオーナーたちを尻目にそそくさとキャンプ場に戻るしかしその時だった。
何故かパトカーが私のあとを尾けてくるではないか。私は即座に自身が何かしらの明確な違法行為をしていないか考えてみたが、思い当たる点は特になく、まあ強いて言えば現在無保険だということくらいだった。
待て。無保険?これはまずい。そう言えばバンクーバーで世話になったバットが、ブリティッシュコロンビア州では無保険で捕まると罰金を科せられると話していた。
アルバータ州はどうなのだろうか。もちろんアルバータに入ってからそんな手続きはしていないし、ブリティッシュコロンビアで加入した保険もとっくに期限切れとなっている私はできる限り怪しくならないよう努めながらキャンプ場に逃げ込む。

■メリット·実力主義例えばしかし彼らの標的はやはり私だったようでトカーはキャンプ場の中にまでついてきて、降車した2人の警官が有無を言わさず私を取り囲んだおい、お前。
何で逃げた?「え?ああ。こんにちは。そんな逃げてなんかいませんよ」嘘つけ。それとそのバイクのナンバーは何だ?お前は何人だ?「え?ああ……私は日本人で、日本から持ち込んだバイクでカナダを旅しているんです」「そうか。
よし。そのバイクの書類を見せろ」「あ、は、はい……でも、書類は全部テントの中にあるんですが」「取ってこい。
その間メットを預からせてもらう。逃げられてはかなわんからな」こちらにも探られたくない腹がある以上大人しく従っやたらと居丈高なこの2人の白人警官に私は若干腹が立ったが、それをそのまま警官に渡す。
彼らは無言でそれカルネや国際免許など、保険証以外のあらゆる潛類を持ってきた私は、私はそっと胸を撫で下ろす。
に目を通していたが、幸い保険証の催促はなく、そのまま彼らは去っていった。
英語を学びたいと思いハリファックスを留学先に選ぶように
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これもやはり

さらには都市を変えるというのもそう言えばバットは、もしかしたらここアルバータ州では、自賠責保険への加入は義務ではないのかもしれない。
カナダはアメリカのように州によってかなり規則が異なるとも話していた。
キャンプ場横の荒地で練習を始めたこの警官たちとの遭遇のせいで精力的に活動する気が完全に失せてしまった私は、それにしても平日の昼間から飲むビールは美モトクロッサーたちを眺めながら、ひとりぼんやりと物思いに耽っていた。
日本では何故かオンロード仕様に変更されたりとカナダに来てから気づいたことだが、未舗装の道路が少ないせいか、この国ではまさにその目的のためだけに使われるらしい本来の用途に利用されにくいオフロードバイクだが、その移動にバイクを使わないためだその目的のためだけというのは、彼らはこうしてモトクロスを楽しむにあたり、それを使ってコースまでバイクを運ぶ彼らは大抵ピックアップトラック、もしくは牽引するカーゴを所有していて、ほとんどがレースをやっているまあこういった光景は日本でも見ないことはないが、やはり一般的とは言い難い。
ショップの類いだろう。そもそも日本では公然とモトクロスを練習できる場所があまりにも少ないのだきっとスキーやサーフィンと同じ感覚なのだろう。
このあたりは彼らにとってオフロードバイクを駆るという行為は、同じライダーでも私とは若干異なる。
それにモトクロスといった大人たちの大掛かりな遊びにはちょっこの町で遭遇したトラクターの祭りや航空機ショー、と憧れる我が国とは大分趣が異なるように思える。
楽しんでいる連中のほとんどが50.60代という壮年である点も、日本でこうした遊びができる大人は、この不景気でも金と時間を自由にできる凄腕の経営者か、あるいは地主くらいのものだ。

もっと裕福で生活水準の高い

まあ、もしかしたらカナダでもそうなのかもしれないがいずれにしても日がな1日家でテレビを観ているだけ、あるいはそこそこ貯金があるのに引退後また働き出す-とどちらが将来なりたい大人像なのかは明白だったいった彼らと同年代の日本人を数多く見てきた私にとって、途端に友人がいなくなって家にこもり出すというケースも少なくないと聞く日本では会社を引退したサラリーマンが、カナダでは老齢のライダーともよくすれ違った。
が、それが遊びの一切を排除して働き続けた結果なのは想像に難くない。
こうしてやや感慨深い3日間を過ごした私だったが、ようやく約束の朝を迎える。
ッチが申告した予定通りに進んでいれば、この日のうちに彼とその友人とやらがこのキャンプ場に到着するはずだ私ははやる気持ちを抑えきれず、朝食も省いて図潛館にメールをチェックしに向かうすると図潛館の駐車場には、荷物を満載した2台のオフロードバイクが駐車してあるではないかそしてもう1台は何と私と同じファラオだった。
私の1台はよく知る大掛かりな改造の施されたスズキのDR650。
ングが施されている機体が赤を基調とした情熱的な外観であるのに対し、この同型機には青をメインに独自のカラ汚いライダースジャケットをまとった2人のドイツ人がパソコ私は急いで図書館の中に駆け込む。
するとそこでは、に向かっていた。ノッチ!おお!コータロー!そこが図蓍館という本来静謐であるべき場所なのも忘れて、私はノッチと熱い抱擁を交わす。
「遅いぜ。3日も待ったよ」こっちが今回一緒に来たラルr済まんな。色々あって遅れちまった。元気そうで何よりだ。ああ、そうそう。コータロフだ。憶えているか?カナダの大都市は


私の妊娠時には アラスカでも最北端を走破する予定だった私たちが 海外に住んでいるのだから