カナダは移民国家と呼ばれるだけあって

気をつけるのは

金じゃない方がいいなら、デンブスターから戻ったあとに何処かのホン本当か!
ラルフ、それを譲ってくれないか?ダショップで注文して返すけど「ああ……どちらでもいいよ。今のところ俺の方は大丈夫みたいだしな」何でこんなパーツを持ってきているんだ?
「と、ところでラルフ、俺は結構色々なスペアパーツを持ってるんだ」ああ……不安だからな。
ラルフのボックスの中身を改めて見せてもらって驚いた。私はキャブを組み上げる前に、何故なら片方のボックスは半分以上がスペアパーツで占められていたからだ。
様々なガスケット類、何に使うかもわからない細切れになったチェーンなどが予備のスプロケットはもちろんのこと、私はその中にまだ未使用のドライブチェーンがあるのに気づいた。
主だったが、これをノッチに売ってDRに取り付けてもらった方がいいんじゃない何だラルフ·チェーンを持ってるじゃないか。
「ああ……それはダメなんだ」何でだ?「ああ……そのチェーンは俺たちのバイクには合わないんだ。もちろんDRにもはまらない」でもこれら大陸で買ったものじゃないよな?
え?「ああドイツから持ってきた」ちょ、ちょっと待て。じゃあ何でそんなものを持ってきたんだ?「ああ……ないよりはマシだと思ってな……」私は思わず呆気にとられてしまった。
そもそもドライブチェーンはスペアパーツの中でももっとも重たい部類に入る。
つまり普通の感覚では、できるなら持ち運びたくない一品なのだ。使えないチェーンをわざわざ持ち歩くとは一体どういうつもりなのだろうか。
加えて正しいサイズのものならまだしも、不思議に思っていた。それにもかかわらず衣類などはむ確かにラルフの荷物がノッチや私に比べても極端に多い点は、しろ私たちよりも少ないくらいなのだまたがると彼のファラオは私のものよりもずっと深く沈む。
つまり荷物が多いためにサ同じファラオにもかかわらず、スペンションがボトムしてしまうのだこの青いファラオの燃費が私のファラオに比べて随分悪いという点は前述したが、その要因のひとつがこの重すぎる荷物にあるのは間違いないだろう。
後に大きな災いの元となるのだが、それはまだしばらく先の話になる。
ラルフのこの無駄に多い荷物は、私はこの時、共に旅をするようになってからはまだ日の浅いこのラルフという男について、何かが少しだけわかってきたような気がした。

バスをうまく使いこなせば

とは言っても今回に限ってはこのラルフの心配性が幸いして、キャブの部品をいただくことができた訳なのだが。
私はラルフに分けてもらった。リングやガスケットを使って、無事キャブのオーバーホールを終わらせた。
何度かやり直しはしたものの、最終的に組みつけたキャブは素晴らしく正確に働き、お陰で私のファラオはアイドリングはもちろんのこと、吹け上がりまで劇的に改善したのだった。
この日は奇しくもこの土地が1年でもっとも昼間の長くなる日だったらしく、夜になって買い物から帰ってきたノッチほかのキャンパーたちと同じようにいっまでも西方に沈まない太陽を観ながら、と合流した私たちは、ビールやワインをしこたま飲んだ。
このあまりにもロマンティックな光景を男だけで眺めなくてはならない点に、私は悔しさを通り越して憤りすら感じていたが、何故かこの時ふとかつて一緒に旅をしたシルビアのことを思い出した。
もちろん新しい彼女と現在進行中であるノッチの手前、それを口に出しては言えなかったが、もし今この場に彼女がいてくれたら、それはそれでもう少し違った長い夜になってくれたような気がしたのであるそう言えばメキシコ辺りで合流するというノッチの新しい彼女とは、一体どんな女なのだろうか。
その後もしばらく一緒に旅をするのであれば、前回のシルビアのように気兼ねしないで何でも話せる相手だといいのだ同行できるパートナーは特に女性の場合限定される。

  • オランダは早々とギブアップをして
  • はっきり言っていませんでした
  • そしてハリファックスなど

カナダ人おばあさんが祝ってくれる事は

普通の女はゴ私たちの旅はこのように野営を中心に進めるため、ツゴツした地面で寝たり、蚊にまとわりつかれるのはもちろん、野原でしなければならない排泄行為に関しても嫌がるものだ。
シャワーだって1週間は浴びられないなどザラにある。寒さや雨などの悪天候についても同様だ。もしノッチの新しい彼女がそれをわかっていて合流するというのであれば、それらを考えると、それなりに変わった女性であるのは間違いなさそうだった。
嫌な予感翌日イヌビクを出発した私たちは、今回は特に何のトラブルにも見舞われず、2度の野営を経てデンプスターハイウェイの入り口となるドーソンシティに無事生還を果たした。
私のファラオのエンジンは、ラルフにもらった。リングのお陰ですこぶる調子がよかったが、一方でデンプスターに入る前から懸念していたフロントフォークのオイル漏れは悪化し、ドーソンシティに着いた時には既にほとんど全てのオイルを排出し終わっており、中に入っているスプリングのみで機能している状態だった。

日本人とばかり絡み
さすがに毎日だと不健康になるのは当然ですよね太りやすい環境であることは確か
ノッチがチェーンを入手するのと同じくらい、私も早急にフロントフォークのオイルを何とかしなければならない結局私たちは往復1500キロのデンプスターを走破するために6日の日数を費やしていたもともと今回のデンプスターハイウェイへの挑戦は、このあと私たちが予定しているアラスカ最北端への旅の予行練習でもあったので、この結果を踏まえればアラスカの北端までも、大体これくらいの日数がかかると予想できる。
私のファラオが整備不良だった点や、ノッチのDRのチェーンが弱っていたのは必ずしもかの道のせいとは言えないため、今回グラバルによる実質的な被害はないと言える。
しかし私はこの時既に、さらにもう一度往復1500キロのグラバルを走ってアラスカの北端に向かうことにかの戸惑いを感じるようになっていた。
確かにグラバルの走行はそれなりに慣れたが、それでも体力的、精神的にかなり疲弊したのは間違いなく、そもそも似たような環境にもう一度行くことの意味に疑問を感じ始めていたのである。
アラスカの北端までは、デンプスターハイウェイと似たようなダルトンハイウェイという道を走ることになる全てがグラバルである点や、片道およそ750キロという距離まで酷似しているし、到達できる緯度に関してもイヌビクとほとんど変わらない。
違う点と言えば、ダルトンハイウェイがカナダではなくアラスカにあるということだけだそして何よりもそこまで環境が違わないということは、つまり例の大量の蚊も全く同様に襲来してくるのを意味している私はこの時点で既に重度の蚊ノイローゼに陥っていて、とにかく一刻も早く蚊のいない地域に行きたかった。
カナダでも永住権をもらうための条件·プロセスはとても厳しく

日本では見られ

デンブスターから戻って蚊の状況も少しはマシになっていたものの、テントの中以外でヘルメットを取れない状況にさほど違いはそれらが私の思考を全てマイナスな方向へと導いていたのであるなく、ドーソンシティ付近の野営地を出発した私たちは今度は進路を酉にとり、その日のうちにアラスカとの国境に到達した。
辺りは完全に針葉樹林の森で覆われていて、現れたゲートもかつてユーラシア大陸で経験したような大仰なものではなく、高速道路のゲートのような簡素なものだった。
実はこの時、私はアメリカ領となるアラスカに進入するにあたり、ある不安を抱えていた私たちはアメリカのビザを取得していなかった今回カナダからアラスカに越境するために、ドイツ人たちはさておき日本人である私のアメリカ入国に関しては、ビザの必要性に関してある微妙な情報を入手していたそれは航空機でこの大陸にやってきた日本人がアメリカに入国する際、帰りのチケットを持っている場合に限りビザが不要--というものだった。
旅の期間を1年に設定している私が、帰りの航空チケットなど言うまでもなく持っているはずがない。
そもそもどの国から脱出するかも厳密には決めていないのだ。それでも私が何の策も持たずにこのアラスカの国境にやってきたのは、これまでの数十回に及ぶ越境の経験から、まあ何とかなるだろうという程度に考えていたためだった。
大体日本はアメリカの同盟国な訳だし、わざわざ太平洋を越えてやってきた友人をまさかその程度の理由で追い返したりはしまいーという勝手な思い込みであるどの道日本を出国する段階で帰りのチケットまで手配するのは不可能だったので、こう思い込むしかなかったというのが正直なところなのだが果たして越境の手続きは、滅多にない私の楽観的予想が的中して何の問題もなく終了した。

カナダは移民国家と呼ばれるだけあってカナダでも永住権をもらうための条件·プロセスはとても厳しく

カナダでも永住権をもらうための条件·プロセスはとても厳しく

ゲートで入国審査表を記入してから手数料として6ドルを支払い、カルネを切ってもらって完了だ。
ノッチとラルフも全く同様だった。ここでもらったカードは3ヶ月のビザと同じ効力を持っているとのこと。
この期間内であれば何度でも出入国が可能だというカナダとアメリカの間に長い国境線を有する北米大陸において、その狭間を気軽に行き来できるというのは、今後のことを考えるとかなり有益だった。
ちなみに北米大陸では、実のところカルネの使用が義務づけられていない。
つまりアメリカやカナダを日本から持ち込んだバイクで走る場合、カルネを使わなくても,時輸入が認められるのだ今回私がそれでもカルネを用意してきたのは、もちろん私の旅が北米だけでなく中米や南米にまで及ぶためだったがもしそうでなくても私の決断は変わらなかっただろう。
何故ならカルネを持っているだけで愛機の出入国は飛躍的にスムーズになるし、何よりも越境の際に付きまとう不安を一切払拭できるからだ。
カルネを持っているのといないのでは、その車輌に対する信頼性が全く変わってくるのである。
わかりやすく言ってしまえば、カルネはまさに水戸黄門の紋所のようなものなのだこうして無事国境を越えた私たちは、ユーコンと何らかわり映えしない木々で満ち溢れた山中を、アラスカ第二の都市フェアバンクスを目指して走り始めた。
アラスカと言うとどうも雪に覆われた荒野というイメージが先行するが、実際のところカナダ北部と何ら変わらない。